2006年4月25日

夜の劇場・地獄変


【夜の劇場・地獄変】

まっくらな夜の劇場で
道化師マイム舞う

無人です 無人の観客席
いやいや、無人じゃありません
あそこにホラ……人影が
無人のはずの観客席に
一人ぽつんと人影が

闇に慣れてきた目でじっと見てみたら
人影の顔
あれは僕です 僕の顔です

もうなにものも信じない深い皺、口の隣に一条刻んで
暗く氷結した凍てつく視線で、睨み付けるように道化師を見つめている
あれは観測者の目です!
理屈に魂を売り飛ばした無慈悲な批判家の目です!
そんな目で道化師を見ちゃあいけない!

ほらご覧なさい!
可哀相に、道化師はすっかり怯えて
あんなに足下すらおぼつかなくなってしまっている!
もうぼろぼろに無様なマイムを
それでも懸命に舞っている!
歯を食いしばって泣きながら
無様なマイムを舞っている!
無様です!いっそ無残です!これではまるで残酷ショーだ!

涙で化粧が剥がれかけているじゃあないですか
すっかり素顔が暴かれているじゃあないですか
憤りに涙滲む目でじっと見てたら
晒し出されたあの道化師の顔
あれは僕です僕の顔です

歯を食いしばって無様にそれでも懸命な道化師の僕と
理屈に魂を売り飛ばした冷血で無慈悲な批判家の僕と
それを見つめて憤っているのは――――僕?

たぶん僕です
背負わされた怨みに憤り、世の理不尽に憤り
いつでも挑みかかるような目に灼熱の炎を宿して
毒を吐く、叩き伏せる
何もかもをぶち壊してしまいたいとさえ願っている
それは僕です
修羅の僕です

修羅の僕は批判家の僕をぶち殺してしまいたいとさえ願ったのですが
道化師の僕があんまり哀しく踊り続けていますので
どうしようもなくいたたまれなくてただ震えているのです
白くなるほど拳を握り
血が零れるほど唇噛んで
この劇場を吹き飛ばしてしまえ!
なにもかも吹き飛ばしてしまえ!
ああそうだとも!
あの道化師さえいなければとっくにそうしていたに違いない!
けれど駄目だ駄目だ!
あの道化師にだけは俺はそんな真似をしたくないのだ!

朝はまだずうっと遠い先です
月の光も届きはしないこの劇場で
地獄です地獄です
此処はこの世でも一等の地獄です