2006年11月12日

森下美術館


BIZEN中南米美術館 」(旧森下美術館 )を鑑賞しました。
森下美術館は故森下精一氏が中南米10ヵ国で収集した土器・土偶・石彫・織物などの中南米古代文化のコレクションです。収集範囲はメソアメリカ文化圏・中央アンデス文化圏・カリブ海地域など広範囲に渡っています。また、美術館外壁はまるで風合いのある赤レンガのような備前焼の陶板で覆われています。

このコレクションの品々を見ていると、なにか非人間的なものや力を感じます。それは悪や闇といわれるものかもしれません。もちろん、善悪の悪ではなく、制御できない力としての悪です。たとえば、極端に言うと、笑っている土偶などは、中国文明やインド文明ではエロス的笑いですが、古代アメリカ文明の笑いはタナトス的笑いのように感じます。死と恐怖が古代人の精神基底を形成していたかのようにすら感じられます。高度な魔術文明を築いていたであろう古代の神官たちが見ていた世界が遺物を通して少しだけ窺い知ることができるような気がします。

そんな恐ろしいものの象徴に感じられたのが、心臓を喰らうジャガーのレリーフです。ジャガーが今まさに取り出されたばかりの心臓を掌に載せてかぶりつこうとしています。しかも、ジャガーは嬉々として笑いながら喰らおうとしているようにも見えます。いったい、ジャガーのこの魔的な力はどこからくるのでしょうか。同じ展示室にジャングルの中に現れたジャガーの写真があります。そこには鬱蒼と生い茂る鮮やかな緑の中で、背中の筋肉や骨が隆起したジャガーの姿があります。それは黒い斑点を持つ、不思議で鮮やかな光沢を持った黄色で、波打つように蠢く流体のようです。

そんな不思議な黄色い流体から、草間彌生 の黄色の水玉カボチャを思い出したりします。この不思議な水玉に見入っていると、遠近感を見失い、眩暈を起こしてしまいます。そして、水玉から一挙に空間が展開して私たちを異空間へ誘います。

ジャガーの場合、その黄色い流体は人に襲いかかり、死や苦痛をもたらします。ジャガーは死と恐怖で、私たちを死や恐怖の異世界へ連れ去ってしまうのかもしれません・・・。

また、展示されていたサンブラス諸島のクナ族の手芸モラ にも類似の眩暈を感じたりします。こちらが開く異空間は、夜の世界のような異世界に感じられます。

そんな眩暈から、ティモシー・リアリーやジョン・C・リリィのサイケデリック革命 を思い出したりします。次のようなハックスレー の言葉を想起したりします。

「気分はいいか?」誰かが訊いた。
「よくも悪くもない」私は答えた。
「それがありのままの気分だ」
イスティヒカイト、存在そのもの。
エクハルトが好んで使ったのは、この言葉ではなかったか?
イズネス、存在そのもの。プラトン哲学の実在。
ただし、プラトンは、実在と生成を区別し、
その実在を数学的抽象観念イデアと同一視するという、
途方もなく大きな、そして奇怪な誤りを犯したように思われる。
だから可哀そうな男プラトンには、花々がそれ自身の内部から放つ自らの光で輝き、
その身に背負った意味深さの重みにほとんど震えるばかりになっている
この花束のような存在は、
絶対に眼にすることができなかったに相違ない。
・・・・・・
彼らが彼らであるもの、花々の存在そのものとは、
はかなさ、だがそれがまた永遠の生命であり、
間断なき衰凋、だがそれは同時に純粋実在の姿であり、
小さな個々の特殊の束、だがその中にこそある表現を超えた、
しかし自明のパラドックスとして全ての存在の聖なる源泉が見られる
・・・・・・というものであった。

(オルダス・ハックスレー「知覚の扉」より抜粋)

また、一方で次のようなサルトル の言葉を想起したりもします。

私は公園にいたのである。
マロニエの根は、ちょうど私の腰掛けていたベンチの真下の大地に、
深く突き刺さっていた。
それが根であることを、もう思いだせなかった。
言葉は消え失せ、言葉とともに事物の意味もその使用法も、
また事物の表面に人間が記した弱い符号もみな消え去った。
いくらか背を丸め、頭を低く垂れ、たったひとりで私は、
その黒い筋くれだった、生地そのままの塊とじっと向いあっていた。
その塊は私に恐怖を与えた。
・・・・・・
根も、公園の柵も、ベンチも、芝生の貧弱な芝草も、すべてが消え失せた。
事物の多様性、その個性は単なる仮象、単なる漆にすぎなかった。
その漆が溶けて怪物染みた、軟らかくて無秩序の塊が、
怖ろしい淫猥な裸形の塊だけが残った。

(サルトル「嘔吐 」より抜粋)

何という眩暈でしょうか。バロウズ でしたら、「うんざりするほど正気」というかもしれませんが、ロカンタンのように「吐き気」を感じてしまいます・・・。何というか、現実よりも現実的なようです・・・。

さて、アメリカ大陸といえば、経済・科学・軍事の超大国アメリカを考えてしまいますが、遙か昔に恐ろしく高度な魔術を持った古代文明が存在したことを、もう一つのアメリカをこのBIZEN中南米美術館ではかいま見ることができます。そして、もしかすると、ジャガーに喰われることで、まだ未知の精神大陸を発見することができるかもしれません。